唐代小説の中にある、宗教、思想と文学の間に思いを馳せる

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薬物やアルコールなどの中毒にテーマをあて、法医学の現場にいる西谷陽子教授。法医学とはなにか、中毒という視点からアルコールをどう考えるか、などについて伺いました!

記録から創作へ。唐代小説の魅力

健児くん(以下◆):先生の研究内容を教えてください!

屋敷先生: 私が専門にしているのは、中国文学の中でも古典小説と呼ばれる範疇です。中国文学は古典と近現代の文学が大きく異なります。古典と呼ばれる清朝以前のものは、いわゆる漢文で、近現代の文学とは表記言語が違うんです。

その中でも唐代の小説をメインに研究しています。古典小説は唐代の前と後で大きく変わり、そこに興味を持っています。「小説」という言葉は2000年以上前の文献に出てきます。中国では「小」に「価値が低いもの」、「説」に「話す」という意味があります。つまり、小説は「誰かが話している価値が低い噂話」というような意味合いでした。

でも「取るに足らない噂話の中にも役にたつもの、真実がたまにあるよ」と孔子も言っています。だから、噂話も書き残しておこうと記録したのが小説の始まりと言われているんです。怪しいものもあるけれど、不思議な噂話の記録、とでもいうものだったんですね。

ところが、唐の時代になると、小説の内容が変わってきます。例えば、芥川龍之介の「杜子春」は中国の小説が基になっているのですが、これ、もともとはインドのお話だったんです。でも、インドから伝わってきた話と「杜子春」の基になった中国の小説では、大きく違う点があることがわかっています。中国の作者が書き換えているんですね。面白くしようとか、なんらかの思想を説こうという意図が入ってくるようになるんです。

この、記録から創作に変わる、というのが唐代小説の大きな特徴です。だからこそ、唐代小説は面白いんです。でも、なぜ、そうなったのかについてはまだよく分かっていません。変化の理由について一端でもわかればと思い、研究を続けています。小説の中に道教の思想がどう現れているのか、仙人や神様が出てくる小説がどのように変換、転換していくのか、そのときに、宗教的な事柄をどのように文学に取り込もうとしているのか。ほかにも、医術や占いなど、さまざまな思想、宗教と文学の間に立って、考えたいと思います。

◆:先生が中国文学に興味をもったきっかけは?

屋敷先生:もともとは、ファンタジー小説や不思議な物語が好きだったんです。高校では漢文が特に好きだったわけではないし、世界史も選択していませんでした。大学を選ぶころ、たまたま海音寺潮五郎の『中国英傑伝』を手にとって、面白いな、と思ったんです。例えば中国の三国時代、そのころの日本は卑弥呼がいた時代です。また、孔子が活躍した時代はそれより700~800年前で、日本は縄文時代の終わり、弥生時代の始まりくらいです。驚愕でした。比べてみたら面白いな、と思って、大学は中国文学を選択したんです。

大学では、母校の先輩に誘われて漢文研究会に入り、いろいろなものを読みました。学部2年のときに、今もお世話になっている、唐代小説の大家の先生が着任され、指導教官になっていただきました。恩師の先生や同級生、先輩に恵まれたことが、今につながっていると思います。

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壮大な漢詩のイメージと異なる身近な感性が面白い

◆: 先生の授業では漢詩もとりあげられていますね。

屋敷先生: 高校で習う漢文は、杜甫の「春望」や李白の「望廬山瀑布(廬山の瀑布を望む)」など、望郷の思いや壮大なスケールのものが多いですよね。確かに、漢詩の主流は志を歌うものです。李白や杜甫は職業詩人ではなく、本職は政治家。政治に携わり、思想的なことを考えながら詩を書いていました。「詩は志の之く所なり」という言葉もあります。政治的な志を語るのが中国の詩なんです。

でも、いろいろ読んでみると、そこから外れた詩もたくさんあります。例えば杜甫は「春夜喜雨(春夜雨を喜ぶ)」で夜の雨を繊細に詩にしているし、晩唐の詩人、李商隠は女性の心情を細やかに書いた詩を作っています。これまでみなさんが持っていた漢詩のイメージを壊して、違う見方があるということを知ってほしいと思い、いろいろな漢詩をとりあげるようにしています。

皆さんがよく知っている白居易も面白いんですよ。白居易は自分の文学の本質は、諷喩詩(ふうゆし)と閑適だと書いています。諷喩詩とは、政治を批判するような内容の詩、閑適は隠遁生活の楽しさや悠々自適な生活のことです。本来両立しないように思いますが、白居易は両立できると言っているんです。つまり、バリバリ働くことは大事だけど、プライベートな時間はゆったりと仕事から離れて暮らそう、と言っているんですよね。こういった価値観は現代人にも通じるものがあります。そういう面白さも知ってもらいたいと思います。

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漱石と漢詩の関わりは、熊大ならではのテーマ

◆:熊大とゆかりが深い夏目漱石も、漢詩を作っていますね。

屋敷先生:漱石は漢詩を200首以上作っていて、五高時代に書かれているものもあります。有名なのは『草枕』。物語の中で主人公の画工が文学論を述べるときに、たくさんの漢詩を引用していますし、画工自身も漢詩を作っています。漱石の俳句にも漢詩の影響が見られる言葉があります。もともと漱石は漢詩文で身を立てようと思っていたけれど挫折した人で、漱石というペンネームも中国の古典に範をとっています。

漱石と漢詩はさまざまな面で研究する価値があると思います。なので、漢詩に興味をもってもらう手始めにも、漱石がいいかなと思って、機会があると紹介するようにしています。「今、君たちがいるこのあたりで、漢詩を作っていたんだよ」というと、熊本出身の子は「あ!」と思うようですね。先生になりたいという学生も多いので「教材化すると面白いよ」と話すようにしています。

熊大だから取り組めるというテーマだと思うので、長く付き合っていきたいと思います。

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一生に楽しく、幸せに暮らすための考え方、手法を身につけよう!

◆:学生の皆さんに一言お願いします!

屋敷先生:漢文の基礎知識や英語、中国語のスキルを身につけることは大切です。それ以上に、その国ではなぜそんな話し方をするのかという問題点に気づき、そのベースにあるそれぞれの国の人たちの考え方を知るための方法を考えることが重要だと思います。根底を知りたいと思う考え方を身につけてもらえたらいいなと思います。

学生の皆さんには卒業した後も含めて、楽しく、幸せに生きてほしいと願っています。なにが楽しいか、幸せか、は人それぞれです。勉強にがっつりはまってもいいし、友達を作っても、海外に留学してもいい。でもとにかく、将来幸せに過ごせるような考え方や手段を在学中に是非身につけてほしいんです。

私は、学生時代にいい師匠や先輩と出会えて、将来年をとって退職しても楽しく過ごせるような方法や考え方を教えてもらいました。読みたいこと、やりたいこと、考えたいことが山程あって、死ぬまで退屈しないでしょう。幸せなことだと思います。

ぜひ、自分なりの考え方やスキルを、大学生活の4年間で、少しでも身につけてほしいですね。

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(2019年8月5日掲載)

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